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山田新一 作品1〜20 作品21〜22

1899年(明治32年)台北市に生まれる。原籍宮崎県都城市。
1918年(大正7年)東京美術学校西洋画科に入学、続けて藤島武二に師事。
1923年(大正12年)東京美術学校を卒業研究科に入学。
1925年(大正14年)總督府主催朝鮮美術展で首席受賞、特選9回、第6回帝展に入選。
1928年(昭和3年)パリに着きアマン・ジャンに師事、サロン・ドートンヌに入選。友人の佐伯祐三死去
1929年(昭和4年)サロン・デ・チュイルリー、サロン・デ・アンデパンダン、サロン・ドートンヌなどに出品。文豪メーテルリンクの食客となる。
1950年(昭和25年)日展岡田賞を受賞。
1966年(昭和41年)日仏文化交流の功により、フランス政府芸術文化騎士十字勲章を受ける。
1975年(昭和50年)日展参与。京都府美術工芸功労者として表彰を受ける。
1976年(昭和51年)フランス政府より国家功労騎士十字勲章を受ける。
1979年(昭和54年)光風会名誉会員。
1989年(平成元年)第21回日展審査委員となる。
1991年(平成3年)9月16日京都市内の病院にて死去。
光風会出品作品「ザルツブルグの城」が絶筆となる。
朝日 晃(美術評論家)が宮崎にて「山田新一と佐伯祐三」を講演する。

作品1〜20
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1.自画像2.Y嬢の像3.薔薇4.卓に凭るリュージャ5.シュザンヌ6.菊の花7.冬のパルクモンスリー8.裸婦9.読後10.R嬢の像11.ポン・ロワイヤル12.赤衣のヨランダ13.椅子に凭るY嬢14.赤いジレ15.丹装16.弥勒菩薩像17.R嬢像18.樹蔭19.俘虜二人20.俘虜(78)


作品21〜22
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21.俘虜(251)22.俘虜(332)
「俘虜二人」
山田新一自身が蒐集した151点の戦争記録画が国立近代美術館に保管されています。こ の絵は、それらの戦争記録画が公開されるまで公開するなと言われた作品です。
京城(今のソウル)の俘虜収容所で描いた作品です。山田は英語と仏語が出来ましたので この二人といろいろな話をしながら描きました。二人共敬虔なクリスチャンで、山田新一 も4歳のときに洗礼を受けたクリスチャンでした。山田新一は同じクリスチャンでありなが ら、あなた達に何一つして上げられない自分を許して欲しいと謝りながら描きました。二人 共そんな山田新一に「俘虜とはこんなものですよ、あなたが悪いのではありません、私 たちが立派に日本で生きていた証として後世に残るよう描いてください」と言ったそう です。ある日ふと思い付いて、ボタンのライン上に俘虜認識票を重ね、十字架を作りまし た。俘虜認識票は必ず左胸上に付けなければなりません。それは大変危険な冒険でしたが 山田はそうせざるにはおれなかったのです。さらに、掌(てのひら)にキリストが磔刑に されたと同じ釘跡をさり気なく描き足しました。二人には素晴らしいプレゼントをするか ら楽しみにするように言ったのですが、出来上がった時には他所に移され二人は見ること が出来ませんでした。山田新一は二人に約束した事を果たせず生涯悔やんでおりました。
「戦争記録画とは戦意高揚や戦争に勝つことだけを意図したものでは無かったから、戦争 記録画を蒐集したが、多くの画家仲間たちには理解してもらうことが出来なかった。」


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